「温厚な上司の怒らせ方」の「接近」の動画が現在13万ヒットしています。
「温厚な上司の怒らせ方」~接近~
http://www.youtube.com/watch?v=qAzguhnfJCc
ザイーガ(というかザイーガ様)にリンクを貼ってもらったみたいなんですが、
この出来事を見て、「もしかしたらなあ」と空想を膨らませる毎日です。
それは、文化祭モデルとweb2.0の関係性についてなのであります。
一向に増えない貯金額、更新されないブログstc…
もはや、皆様も忘れている方もいらっしゃるかもしれませんが、
一億円プロジェクトという会社は
「文化祭のように毎日を生きることは可能なのか?」
という命題を抱えて誕生した会社です。
たとえば、皆様の記憶の片隅にある(あってくれたらうれしい)文化祭モデル的なものは
「ミズノンノの服燃やし」
だと思いますが、あれ以降も
僕は服燃やし以上の熱度で「文化祭」について考え続けています。
結論から言うと、「毎日が文化祭」を成立させるのは非常に困難です。
しかし、不可能ではないと考えています。
現在はまだそのプロセスにあり、成立はしていませんが、
少しづつ手ごたえを掴みつつあります。
そして、今回、「温厚な上司の怒らせ方」がyou tubeでヒットしていることを見て、
僕は一つの可能性を考えました。
それは、web2.0の特徴であるロングテールとは、まさに文化祭的プロセスから生まれる商品なのではないか、ということです。
そして、もし仮に「今まで売れなかったもの、世にでなかったもの」が、インターネットを通じて、
消費者に直接、さらには海外に向けて売ることが可能となったら、
その時、今までは不可能だった「文化祭モデル」が成立するのではないか、そう考えるのです。
僕たちの商品の作り方(それは、僕たちが文化祭的なものと定義している作り方ですが)
● デニーズで「こんなんあったら面白くない?」と盛り上がる
● それを商品化する
という単純なプロセスにおいて作られます。
そこには、「マーケットが」とか「流行が」とか「クライアントが」という意見は完全に無視されます。
というか、そもそもその存在が議題にすら上がりません。
現在、クライアントの要請に答える形での仕事も受けていますが、
それはあくまで「経験値を上げるための実験」として受けているものであり、
ゆくゆくは、文化祭的な商品作りの完成形を目指したいと考えています。
あくまで僕たちの会議は「中学レベルの雑談」であり、
それにこだわるというよりは、それしかできないのであって、
それは、古屋にしろ僕にしろ精神的に成熟していないのであって、
しかし、「成熟するくらいならこのままで」というスタンスで、なのです。
さて、これらのプロセスで作られる、企画は、
テレビであれば、実現不可能な「会議ネタ」として切捨てられる部類のものです。
これで「数字が取れるの?」と言われれば、「分からない」と答えるしかないですし
「それは万人が面白いと思う根拠はあるのか?」と言われれば「いや、単に僕たちが面白いと思っただけ」
という返答しかできません。
つまり
「通らない企画」
なのです。
(その意味では、この企画をDVD化する、しかも連続3弾で、というブチ切れた作戦にでたV社のSプロデューサーは狂気としかいいようがなく、しかし僕たちとしてもその狂気に応えるべく、できるだけ早くブレイクして、商品を売り恩返ししたいと考えているのです。)
さて、過去の「通らない企画」であり、それを商品化しようと考える人は極めて少なく、
仮にとち狂って商品化したとしても、それは「売れる公算が低く」結局体力が続かないという
結果に終わってきたはずです。
しかし、
それは、媒体がテレビや雑誌など、かつそれを消費する人が日本の一部の人、という限られた
環境にあったからかもしれない、とも言えるのです。
これが、世界60億人を相手に、
「僕たち、こんな商品を作ってみたんですけど、どうでしょう?」
と「聞く」ことができれば、
今まで誰も手を挙げていなかった(少なくとも手を挙げないだろうとされていた)商品にも
手を挙げる人が現れる可能性がある、ということです。
つまり、文化祭的なプロセスを経て作られた商品が、消費者に届く可能性がある、ということなのです。
ディレクターの古屋はそれを直感的に感じとっていたのかもしれませんが、
「スカイフィッシュの捕まえ方」を撮る前から「これは海外で売れる」と豪語し、(そして今この瞬間もDVD片手に東京国際映画祭にゲリラ的に行き、市川と海外のバイヤーにプレゼンしているのですが)
そして、遅ればせながらも、僕も温厚な上司の怒らせ方の動画がヒットしている状態を、楽観的に、妄想的に鑑みた場合、
確かに、こうして奇妙な作品が海外で売れていけば、それが「文化祭モデルの成立」と呼べるものではないのかと思ったのです。
ただ、その点に関して鍵を握るのは「映像作品の力」であり、文化祭モデルの成立は古屋監督の才能と成長次第なのでありまして、僕は古屋の名前が映像監督として世界に轟いてくんねぇかなと、そしたら「文化祭モデルここにて成立!」とか言えるのになあと空想を膨らませながら、古屋の肩を揉んだり、水を持ってきたり、の毎日なのであります。
ただ、僕たちを弱小のプロダクションにたとえたとしたら、
制作費がない、
タレントも使えない
そういう状況では「企画力」勝負するしかなく、しかし、それが企画力勝負であるがゆえに、
海外で受け入れられる作品になる可能性は充分にある、
その日までは何をしてでも生き延びて作品を作り続けなければならない、と思っています。
ただ、
(これは傲慢に聞こえるかもしれませんが)
大きな組織や権力者との折衝でストレスをためることなく、
「○○の人たちだね」とカテゴライズさせることなく、
(一時期はそう見られる可能性もあるでしょうが、最終的にはそのカテゴリーは取り払われるでしょう)
デニーズの雑談をひたすらに商品化・プロジェクト化し、
それらのいくつかはヒットし、いくつかは「なんだったんだあれ…」と首を傾げられるものになり、
しかし、それらは圧倒的に無邪気でバカで無計画な商品群である、という夢のような状態、
今までは成立し得なかった
「そんなんアリなの!?」
という組織の形、仕事のスタイルは、成立する可能性がある、と思っています。
来年くらいに。
2006年10月25日 14:49