今日も、「歴史に名を刻む男になるにはどうしたら良いか」ということを考えていました。
中学時代から微動だにしていない僕の生涯の夢の1つに「山川出版の日本史の教科書に載る」がありまして、ちょっと成功した、態度のでかい経営者やテレビタレントと飲んだりする機会があったとして
表面上は「いやあすごいッスね」とヘラヘラ笑いながら愛想をふりまいているのであるが、
内心
「教科書に載らんくせに、お前らみたいなもんが」
と蔑んでいる、蔑むのが日課である、全身全霊を込めて蔑むことにしている、それが僕です。
というわけでして、14歳の頃から、「歴史に名を刻む男になるにはどうしたらいいか」という問題に関して1日1時間を欠かさず費やしており、つまり、29歳になった現在、単純計算したとしても、僕は「歴史に名を刻む戦略」に、5475時間費やしたことになります。
実際のところ本格的な「戦略会議」が始まると、1時間で終わらず、
「終日、戦略会議」
が行われることもあります(この「終日戦略会議」に関しては、ハタから見ると机に座って口を半開きにしてぼーっとしているかのようにしか見えぬのでありますが、そのとき僕は「歴史に名を刻むにはどうしたらいいか」というまさにその一点のみに焦点が当てられているのです)
よって、少なく見積もっても1万時間以上、僕はこの問題について考え続けてきたことになります。
そして、どの角度から考えてみても、この「歴史に名を刻むために絶対不可欠な要素」として、1つの結論に到達せざるを得ないのです。
それは
● 表情
です。
なぜ歴史に名を刻むのに表情が必要なのか、疑問に思われる方も少なくないと思います。
そこで、まず、そもそも僕が先ほどから言っている「歴史に名を刻む」という抽象的な表現なのですが、
それは一体どのレベルを指すのか、ということについて考えてみたいと思います。
僕が狙っているのは

このあたりなんですけど
さて、このアルバート・アインシュタイン。
僕が言いたいのは、もし、この写真(表情)がなければ、
この舌を出しおどけているという誰もが知っているこの表情がなかったとしたら、
アルバート・アインシュタインの知名度は現在の10分の1以下であったでしょう。
人は、ある人物に関してそれほど詳しく覚えることはできません。
そこで、その人物に関して「記号」が必要となってきます。
アルバート・アインシュタインに関しては、「相対性理論」という、一体何がなんだかわからない奇妙な言葉で構成された理論、そしてこのヴィジュアルイメージの組み合わせが、アルバート・アインシュタインをブランド化しているのです。
加えて言うのであれば、
「アインシュタイン」
という、ナインティナイン・ダウンタウンなど「ン」が2つ入っている流布しやすい語呂の良い名前、
さらに、「アイン」の部分が志村けんの一発ギャグ「アイーン」に酷似しているのは、それの「音」が人にとって心地いいからに他なりません。
この名前が「記号」となり、彼の「歴史に名を刻む性」に大きく貢献していると言えるのです。
そして、私が「ミズノンノ」と語呂の良い横文字の名前で一時期名乗っていたのも、単なる偶然ではありませんでした。
さて、話を戻しましょう。
アルバート・アインシュタインという名の科学者は、
ブランド、という点において、

この表情がなければ、死後、今ほどの地位を築けてはいなかったと、これは断言できます。
つまり、結論から言えば、歴史に名を刻むために必要不可欠なのは、
「記号となる表情」
です。
そして、僕は、今日という1日を、「表情」を開発するために、費やしました。
この表情は、僕、水野敬也のもつキャラクターを記号として表現しているものでなくてはなりません。
それでいて、過去、歴史に名を刻んだ人が誰もやっていないオリジナルの表情である必要があります。
未来永劫、水野敬也を象徴する表情として歴史に残るものです。
…この表情にたどり着くまで、試行錯誤を繰り返しました。
最終的に、合計1297のトライを重ね、
そして、
「これだ!」
という表情を発見しましたので、発表したいと思います。
本日より、これを「水野フェイス」と名付け
雑誌の取材を受けるたびにこの表情を繰り出し、いつの日か
「newsweek」
「times」
などの表紙をこの表情で飾り世界に認知させていきたいと考えています。
↓が、「水野フェイス」です。

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2006年05月06日 11:00