カウンターが怖い。
料理人が、丸見えだからだ。
「もし、このラーメンを残したら、作った人に悪いなぁ、怒られるかもなぁ」
目の前にいる料理人を見ながらそんなことを考えていると頭の中でキーンという機械音がしてきて箸の動きがピタリと止まる。冷や汗が出てきて、吐き気がし、逃げるようにして店を出る。
ほとんど手のつけられていないラーメンには、まだこうこうと湯気が立ち上っていた。
騙し、騙し、生きています。
普通に人と会って話したり、なんなら、わざわざ人を集めて講演する。
「僕は健常です」とアピールするのだけど、心を休めてくれるものよりも圧倒的に恐怖の多い世界で、今日も僕は電車に乗る。
三人席で↓なポジションで乗っているとしますでしょ。
■ 僕 ■
* ■は他人を表します。
列車が駅に到着すると僕の右隣の人が降りて、こんなポジションになりました。
■ 僕 □
このポジションに追い込まれると、僕は冷や汗をかくことになります。
「僕は、席を移動すべきか、否か」
たとえば、ほとんど客のいない飲食店に入ったとき、人は無意識のうちに、
壁に囲まれた席を選択すると言われます。
それは、動物的本能のようなもので、側面や背が壁になることで身を守ることができるからです。
僕自身も例外ではなく、この場合、空いた右の席に移りたいという欲求が生まれます。
角の席であれば、片面は人がこないし、手すりに肘をかけることもできる。本も読みやすい。
しかし、です。
右の席が空いたからといって、あからさまに移動したら、僕の左にいる人は
「そんなに俺の隣が嫌だったんかい」
と気分を害するのではないか?ということがめっちゃ気になるのです。
「右に移動する」という行為が「左隣の人から離れたかった」という欲求の表れとして映るのではないか。実際に、同じことを僕がやられた場合、「もしかして…俺の口臭かったのかな」とか思ってしまうタイプです。
しかし、だからといって。
そのまま移動しない、というのもまた問題が生じるのです。
僕が右の席に移動したとする。
■ □ 僕
この形になれば、左の人も、自分のパーソナルスペースを確保することができて、気分が良いのではないか。
とすると、左の人はむしろ僕に右に移って欲しいと考えている可能性もあるわけです。
その場合、僕が左の人に気をつかって中央の席に留まり続けている行為そのものが、左の人の気分を害し続けていることになる。
こうして僕は、中吊りの広告を見るフリをして左の人の人となりを観察することになります。
僕が右に移動することで「そんなに俺の隣が嫌だったんかい」と心傷つく人なのか、
「早く隣の席に移動しろよ」と考える人なのか。
隣の席の人は、スーツを着たサラリーマンで、しかし、彼のシャツはパンツからはみ出ており、
どちらかというと、だらしなくズボラな性格の人に見えました。
つまり、果たして外見でこの問題を識別することができるのだろうか。
隣の席に移動されて傷ついてしまうというセンシティブなハートを持った僕の、この時着ていた服は、ユニクロのフリースとフリース生地でできたパンツで全身4、5000円の格好であり、というか、これは「寝巻き」なのであるが、部屋にこもって仕事をし始めるサイクルになると、僕は外見を気にするのが猛烈に億劫になり、ほとんど寝巻きで外界をうろつくことになり、付け加えるならその格好で布団にもぐるので、最近、体がむず痒いのである。こんな僕は、隣のサラリーマンと比べれば、当然、「以下」であるし、しかしそんな僕でさえ隣の席に移動されたら傷つくという精神の細さを持っており、となれば、隣のサラリーマンのシャツがパンツから出ているというだけで、どうして、僕が右の席に移動したら傷つかない、ということを言い切れるか、ということである。
こうして、僕は結局席を移動できず、
また、この葛藤から逃れるために、
「右の席に、早く誰か座ってください」
と額に汗を流しながら願うことになる。
こうして人に楽させるために作られたはずの「座席」でプレッシャーに苦しみながら、僕は気付くのです。
最初から席に、座らなければ良いじゃん。
2006年01月30日 19:18